Monday, September 17, 2007

昭和27年、28年。


2007.09.17
Vol.2364                


『春のとなり』






泡坂 妻夫(あわさか つまお)
出版:南雲堂 2006年
定価:1500円(税込)
ISBN4-523-26456-2


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本書はミステリーでもなく時代小説でもなく、著者に
は珍しい普通の小説。というか、ほとんど自伝なので
しょう。昭和27年から28年にかけての東京を舞台
にして、夜学生の主人公の日常が淡々とつづられてい
るだけ。「枯れている」と言えば枯れているタッチで
はあるけれど、著者独特のけれん味たっぷりの小説を
期待すると肩透かし。

秀夫が働く、金融会社だか不動産会社だかハッキリし
ない会社・千代田殖産が居を構える雜居ビルには、い
かにも怪しげな人間がたむろしている。そこでは詐欺
だの選挙違反だのといった犯罪が巻きおこるものの、
秀夫の日常はそういったゴタゴタした出来事に振り回
されることもない。

働きながら夜間高校に通う秀夫には、高校にいろんな
友人がいるし、会社にはそれぞれ面白い人たちとのつ
きあいがあり、飽きないのだった。秀夫は毎日のよう
に翻訳されたばかりの海外ミステリーを読む時間があ
り、映画は一年に百本も見に行っている。その合間に、
寄席をのぞく。そんな毎日だったのだが、次第に会社
は危なくなって来て・・・・・

オントシ74歳の著者。いささか郷愁の思いを昭和に
抱いていることと思われます。それは当然のこと。戦
後の東京に、働きながら高校に通う主人公は著者のこ
とを知らなくても、まるっきりの著者自身だとすぐわ
かります。この秀夫、大人の社会にまみれているせい
か、ずいぶん大人びています。ほんとはもう少し、幼
かったかも知れないのでしょうが、六十年近く前のこ
とを振り返ると、つい美化してしまうのかなと思う。

会社は戦後の混乱期に乗じて設立された、危なそうな
会社だし、東京の風景が次第に変化していく有様も、
そして物資が出揃い、文化的にも新しい社会が生まれ
つつあるのを、主人公の目を通して、上手く描いてい
ます。一人の少年の目を通した戦後史ですね。

『この会社、かなり危ないよ。今のうち覚悟しておい
た方がいいよ』

「一連の事件で、若者のアプレゲールという呼び方が
一気に広まった」

「秀夫が一番感心したのは、人の社会的な評価が、必
ずしも人の魅力と一致しないことだった」

『これは真知子巻きというの』

ずいぶん遊び上手のように見える主人公ですが、どう
も女性とはあんまり縁がない。小説は、秀夫の趣味的
な生活の描写が続くばかりなので、さほど面白みがあ
りません。ですが、後半から秀夫がどの女性に惹かれ
ているのかがはっきりわかり、この恋の行方が読者に
気にかかる。そこでやっと面白みが出てきたのです。

大人びすぎて、つまらなかった主人公が、やっとその
心理を読者に見せるのです。最後はきれいごとではあ
るけれど、著者の若さゆえの羞恥心が垣間見えて、ほ
のぼのとします。まあしかし、一般的には奨められな
い小説です。泡坂妻夫ファンのみ。昭和の懐かしい名
前があちこちに出てくるので、そんな楽しみもありま
す。私が一番楽しんだのは、アダチ竜光の手品のシー
ン。私はこの手品師、子供の頃テレビで見たことがあ
ります。

1時間45分


まあ上手ついでにこれもお願いね


評価  ★★




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★★★★★・・・・・めったに読めない逸品       
★★★★・・・・・・なん読お薦め本      
★★★・・・・・・・好み次第だけど、平均点以上     
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