なんでも読書 ◆◇◆◆
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2008.06.22
Vol.2635
『一の糸』
有吉 佐和子(ありよし さわこ)
出版:新潮文庫 2007年
定価:800円(税込)
ISBN978-4-10-113208-2
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本書は文楽の三味線弾きの名手・露沢徳兵衛を主人公
にした長篇小説。ところが、徳兵衛自身を描くのでは
なく、徳兵衛の後妻に入ることになる、茜という女性
の一代記になっているのです。この辺が、さすがに有
吉佐和子らしいところ。私自身は文楽も義太夫もさっ
ぱりわかりませんが、芸に生き、芸に死んだすさまじ
さをこれくらい痛烈に描いた小説も珍しい。
茜は東京角筈の富裕な商家に生まれた一人娘で、少女
のときに目を患ってしまう。不憫におもう両親は娘の
良縁をさがし見合いをすすめるのだが、父親の急死で
中断する。母親は下田に「みすや」という旅館を開業
する。茜には、少女のころに聞いた文楽の三味線がず
っと耳に響いていた。清太郎(のちの徳兵衛)の三味
線の音である。
やがて目がなおって見た清太郎は美しく、茜はその容
貌に驚くが、胸に深く刻まれるのはむしろ三味線の音。
茜は巡業先の大垣に清太郎を訪ね、抱かれることにな
る。が、清太郎には妻がいた。二人はしばらく離れた
ままになる。そこに偶然がくる。ひとつは清太郎が常
連客に連れられて「みすや」に泊まったこと、もうひ
とつは清太郎の妻が先立ったことである。こうして茜
は清太郎の後妻として嫁ぐのだが、そこには九人もの
子供がいた・・・・・
どうやら、徳兵衛という人物は四代目鶴澤清六がモデ
ルのようです。終盤の文楽界を揺るがせた大事件も実
際にあったことのようですが、まるっきり事実そのま
まかと言うと、いささか虚実入り混じっているようで、
フィクションと思ったほうがいいようです。まあそれ
にしても、真に迫っておりますが。
前半の、茜という大店のお嬢さんぶりには驚きました。
大正時代の、お嬢さんってのはこんなのでしたか。も
うそりゃあ徹底した世間知らず。考えもなしに徳兵衛
に会いに行ってしまうところもそうですが、その日常
すべてが今では信じられないような「お嬢様」。これ
がそのまま年を重ねて行くわけです。お嬢様はいくら
年をとってもお嬢様。
「自分がお嬢さん芸で習っている琴などは十三本の糸
を一時に掻き鳴らしても、あの一の糸一筋には敵わな
いではないか」
『母さま、それじゃ何をしたらいいのよォ。退屈で死
んでしまいそうだわ』
「終戦の前の月まで語り続け、弾き続け、遣り続けて
きたのは文楽の人間だけであった」
『二の糸が切れても、一の糸で二の音を出せば出せる。
そやけども、一の糸が切れたときには』
この徳兵衛というキャラクターがもう今では死滅した
芸人でしょう。こんな芸人いるとは思えません。ある
意味痛烈な「日本人」を描いたとも言えます。世間的
なことは何もできない男なのに、孤高を保ち、ただひ
たすら三味線を弾き続ける。
こんな男をそれこそ一筋に愛しぬく茜。これも稀有な
日本人。というか消え去った日本人像。文楽という狭
い世界を描きながら、なぜだか、哀切極まりない。こ
んな過去がかつて日本にもあったのに。それもすぐ近
くに。
3時間30分
それ以上接近するには金足らず
評価 ★★★★
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